ごあいさつ

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日本民族

とりかえばや64三日夜の餅の儀や平安時代の出産について(補足)

三日夜の餅い(みかよのもちい)のことがとりかえ・ばや64で書いてありましたので紹介しますね。

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三日夜の餅の儀!

三日夜の餅とは、小学館日本大百科全書『ニッポニカ』によりますと・・・

三日夜餅(みかよのもちい)とは、婚嫁(こんか)の際に行われた儀式の一つだそうです。
平安時代の貴族社会における婿取り婚の婚儀では、結婚の開始から、毎夜男は女のもとへ通います。
通婚(かよいこん)ですね。
ほら石蕗が四の姫のもとに通ったでしょ?女性のところに男性は通うんです。
女性は当時日常生活でも重い服を着てあまり動かかったんですね。男性側から女性宅に出向くというのが普通でした。

で、三日夜の餅とは、三日目の夜に餅(もち)を婿に供することが行われたそうです。
本来これは露顕(ところあらわし)の儀と一体のものです。
とりかえ・ばや64話では一ページ目すぐに『露顕の儀』という文字が出てきますよね。
これは沙羅の家に三日間帝が来られたということでしょう。
その本質は、自家の女性の寝所に忍んで通う男を、その現場でとらえ、自家の火で調理した餅を食べさせることで同族化してしまうという婿捕(むことら)えの呪術(じゅじゅつ)の儀式化なんだとか。
露顕の際には、婿は舅姑(しゅうとしゅうとめ)以下と対面し、披露の宴が催されたようです。
何と言っても相手は帝ですからすごい宴だったことでしょう。
新婦側は婿の従人を饗応(きょうおう)したそうです。
餅の種類、数などには諸説ありますが、『江家(ごうけ)次第』は、銀盤に餅三枚をのせて供し、婿はそれを全部は食い切らないのを作法としているそうですよ。

京都市下京区の風俗博物館で三日夜の餅のことを調べてみました。

ここでは『源氏物語』の藤裏葉の中の夕霧や雲居の雁が展示されています。
三日夜の餅の用意をしています。

三日夜の餅を用意している

これが三日夜の餅

三日夜の餅

これで晴れて結婚ですね。

平安時代の出産

平安時代の出産は大変でした。
妊婦が死んでしまうことも多かったようですよ。
現代のように「あ、赤ちゃんが危険かも。帝王切開しましょう。」
などと簡単に手術なんてできませんでしたからね。

奈良時代の詠み人知らずの歌に
「諸人よ 思い知れかし 己が身の 誕生の日は 母苦難の日」
という歌があります。
平安時代の出産は命がけです。

風俗博物館で「明石の女御の出産」場面が展示されていました。
全員白の衣装です。明石の女御の出産の時の展示です。

明石の女御の出産

庭では妖魔退散のために弓の弦を打ち鳴らしています。
鳴弦というそうです。

平安時代 鳴弦

僧侶も安産祈願をします。医者よりも僧侶!!

平安時代安産祈願

皇后や中宮は宮中から出て親の屋敷で出産したそうです。

無事赤ちゃんを出産すると御湯殿の儀が行われます。
儀式的なものなので、みんな白装束で朝夕二回行われたようです。

平安時代御湯殿の儀赤子に湯

父親も子どもを抱きます。
平安時代出産

トラの頭。強い子に育ちますように。

出産虎の頭

とりかえ・ばやが65で終了すると予告に書いてありました。
あのとりかえ・ばやが終わってしまうなんて・・・・・

久々に萌え萌えのお話だったのに・・・・
来月号が出た時の脱力感はすごいだろうな・・・・と不安でいっぱいです。

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