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癌に効く食品

癌予防食品②味噌の起源と歴史は?大豆と麹菌の歴史

2017/10/07

味噌は大豆と塩そして植物性乳酸菌によって作られています。

味噌は健康食品として注目されています。愛知県は八丁味噌のおかげで高血圧の人が少ないとか、原爆で被爆した医者が味噌を摂取して放射能を除去したとか、味噌は私たちを生活習慣病から守ってくれるという記事や番組をよく目にします。

今回は発酵食品である味噌と私たちの健康についてお話しします。1

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味噌の起源は中国の醤?日本の縄文時代にも麹菌が!

味噌は中国の醤(しょう・ひしお)が起源だといわれています。醤は飛鳥時代に遣唐使によって仏教などとともに伝わり味噌へと発展したそうです。平安時代の大宝律令の中に未醤(みしょう)という調味料が登場し、これが「みそ」の語源だといわれています。その後「三大実録」に味噌とよばれるものが登場しています。奈良時代に唐招提寺の開祖である鑑真和上が味噌となるものを持って来日したそうですが、大豆を原材料にはしていますが乾燥納豆のようなものだったようです。現在でも作られている浜納豆や大徳寺納豆がその起源だといわれています。鑑真和上の来日したころ奈良の都の市場では「未醤」「醤」を商う店があったと記録されています。しかしどのようなものであったかは記録がありません。

(紀元前8世紀ごろ肉と塩と麹菌で作ったものを肉醤、魚から作ったものを魚醤などがあり、大豆と塩から作られたものが進化して醤油になったといわれています。)

 

このほか日本で作られた調味料であるという説もあります。縄文人の居住地跡からはドングリで作った縄文味噌が作られていたことはわかっています。どんぐりと塩と麹菌。どんぐりはマテバシイでしょうか。

紀元前でも日本人は麹菌を活かして食生活に取り入れていたんですね。もろみ味噌や塩こうじのような味らしいです。氷河時代が終わり広葉樹林が広がっていた当時の日本人がドングリという食材を活かし、菌を使って発酵食品を作っていたなんてすばらしいですね。

味噌の歴史は大豆と麹の豆味噌から。味噌の健康パワー

平安時代の味噌

平安時代、味噌は高級品でした。

延喜式によると当時、高級官僚には味噌が月給として出されていたそうです。贈答品として役人の家に届けたという記述もあります。庶民の口になど入らない高級品だったようです。

食べ物につけたり、なめたりしてそのまま食べていたようです。

鎌倉時代の味噌

禅宗寺で豆味噌を作り始めました。

中国から入ってきたすり鉢により味噌をすりつぶすことができるようになりました。溶かした汁状の物も飲まれるようになり、味噌汁の原型ができました。

室町時代の味噌は戦での保存食としての歴史

一般の人たちにも味噌が浸透していった時代です。農民たちも自分で味噌を作るようになりました。

味噌を樽に詰めて保存し発酵させるようになりました。

安土桃山時代になると戦争の時の食糧として発展しました。戦国時代の武将たちの強さは味噌にあるといわれています。特に赤味噌文化を持つ愛知県ゆかりの武将は多く、江戸時代の大名の七割は愛知県にゆかりがあるといわれています。

武田信玄も味噌作りを奨励し「陣立て味噌」という戦場食を考え出しました。豆を煮てすりつぶしたものに麹を入れて団子にしたもので、戦の途中で味噌になります。

伊達政宗は夏場の腐敗に強い仙台味噌を仙台城下に作らせました。

このように各地で味噌文化が発展しました。戦での保存食として大いに発達したのです。

麹菌を作り販売する店もこのころにできました。例えば、糀屋三左衛門という種麹を売る店は600年以上前に京都で創業し、現在でも3000種類以上もの菌株を所有しているそうです。(コウジザ

江戸時代の味噌は健康食品として知られていた!

江戸時代のことわざには「医者に金を払うよりも味噌屋に払え」といわれるほど生活の中で重要であったようです。

徳川家康は当時の平均年齢が40歳前後だったころに75歳まで生きることができました。長寿の秘訣は具沢山の味噌汁であったといわれています。その味噌汁は五菜三根とよばれ、根菜三種、葉物五種類であったようです。毎日欠かさず味噌汁を飲んでいた家康にならい、家康以降の将軍も健康のために毎日味噌汁を飲んだそうです。

豆味噌以外にも米どころで米を使った米味噌が作られるようになりました。麦の取れるところでは麦味噌などが作られるようになり、ご飯のおかずになるようななめ味噌が人気だったようです。

赤味噌・白味噌・』合わせ味噌

農家でも味噌づくりはとても重要で飢饉の時でさえ味噌の仕込みだけは欠かさず、穀類の収穫が減少しても味噌さえあれば健康を守ることができると信じられていたそうです。この当時から味噌がいかに健康に良い食品として認知されていたかわかりますよね!

明治以降の味噌は温度管理で発達。自家製味噌も

すり鉢ですっていた味噌と比べ機械でこすことができるようになった味噌は滑らかな舌触りとなりました。

明治時代末期になると麹の働きを温度管理で調節する味噌速醸法を考案し、醸造期間は数年から数か月に短縮されました。

現在では高度な技術などは不要な味噌づくりは全国に製造業者が存在し、クックパッドなどには手作りの自家製味噌などのレシピが公開されています。

まとめ

発酵食品である味噌の起源は中国の醤であるといわれている。
そのほかの説として縄文時代から日本ではドングリ味噌が作られていたことが居住地跡の調査からわかっている。紀元前から日本人は麹菌を活用していたのだ。
奈良時代に鑑真和上が味噌となるものを持って来日したことは文献で書かれており、奈良時代の市場ではすでに「未醤」「醤」を扱う店が存在していた。
平安時代、味噌は高級品であり月給として出されていた。鎌倉時代には禅宗寺で豆味噌が作られ始め、室町時代になると一般の人々にも味噌は浸透していった。戦国時代になると戦のための食糧として味噌は発達し各地でいろいろな味噌が作られるようになった。江戸時代になると味噌が健康食品であると認識されるようになってきた。将軍も毎日味噌を飲んだ。
明治以降になると温度管理ができるようになり、味噌も短期間で醸造できるようになった。

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